社会福祉
SOCIAL WELFARE

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国家財政自体が深刻な途上国では、社会福祉への予算が限られており、高齢者や障がいを持った方、感染症を患った方などの弱い立場の方々への対応が充分ではなく、偏見からくる差別に苦しめられることも少なくありません。当たり前の生活を当たり前に過ごすことができるよう支援に取り組んでいます。

ハンセン病患者食糧支援

「これで自分たちは生きていくことができる」

支 援 国

ハンセン病は伝染力が非常に弱く治療も可能な病気なのですが、外見が変形してしまうため、人びとから恐れられ、社会的な偏見にさらされ、隔離されるなどの差別的な政策がとられてきました。ミャンマーのマラリアの蔓延する森の中にも、ハンセン病患者の暮らす施設がありました。100名近くのハンセン病の人々が暮らす施設に対する予算はゼロに等しく、米さえも手に入れることが出来ず、生き延びるために、売り物にならない、くず米や腐った米を集めて食べていました。「これでは早く死んでくれと言っているようなものだ」と、即座に緊急の食糧援助を開始しました。ただ無気力に死を迎えるためだけに生きていた人々に笑顔が戻り、「日本人が私たちを支えてくれる。これで自分たちは生きていくことができる」と声をあげて笑うようになりました。食料支援は現在も継続しています。

ハンセン病患者集団住宅改修・重症患者住宅建設

「お互いが助け合うユイマールハウス」

支 援 国

ハンセン病患者の人々が暮らす集団住宅は、屋根には穴が開き、壁は崩れかけていました。穴の開いた屋根から太陽の直射日光が照り付け、部屋の中は40℃を超える暑さでした。 その集団住宅の後ろに隠されるように建っていたのは、重症患者を閉じ込めるような小屋でした。食料支援とあわせて、住環境を整備することは急務であると判断し、集団住宅の改修工事を行い、安全な水が手に入るよう水道工事も並行して実施。重症患者の住宅建設にも取り掛かりました。ハンセン病に対する誤解や偏見で、プロの建築業者がなかなか集まらないなどの問題もありましたが、体が不自由ながらも施設の患者さんたちが、懸命に協力してくれたおかげで完成することができました。完成した建物には、沖縄の方言で「お互いが助け合う」という意味のユイマールハウスと名付けました。

HIV感染者保護施設支援

「行き場を失った女性や子供たちを保護」

支 援 国

極度の貧しさから、少女たちは親を助けるために売春婦となることを覚悟し、インドへと売られていきます。また、良い仕事があるからと騙されて連れていかれる女性たちもいます。彼女たちは体を売ることを強制されたあげく、HIVに感染したことが分かるとネパールに帰されてしまいます。そして、HIV感染者に対する差別と偏見で故郷からも追い出されてしまい、病身ながら路頭に迷い、命を落とす女性が少なくありませんでした。同施設では、行き場を失った女性やその子供たちを保護し、食事と宿の提供、病院での検査や治療を行なっています。入所者一人ひとりの利用歴、診療記録をつけて細かなフォローをし、カウンセリングによる自立に向けた支援を行ない、HIVに対する正しい知識の啓蒙活動も継続して行なっています。

地域医療診療所建設

「3千人の命を支える」

支 援 国

曲がりくねった道を延々と進み、やっとの思いで到着するプホアサン村。2005年に政府によって建てられたこの村の病院は、地域の11村、約3千名の命を支えていましたが、2009年に火事で全焼、予算不足で再建されることはありませんでした。村人たちが材料を寄せ集めて何とか自力で小屋を建てたのですが、窓もなく、電気も通っていないため、真っ暗な中で診療するしかありません。毎日、患者さんが通い、出産する女性たちも大勢います。救えるはずの多くの命が失われてしまいます。診療所では、故郷の人々のために生涯診療を続けていくと誓う医師が孤軍奮闘していました。どうか村人たちが安心して暮らすため助けてくださいという悲痛なまでの願いを聞き、診療所を建設しました。乳幼児の2人に1人が命を失うという過酷な環境のこの地域において、完成した診療所は重要な役割を果たします。

高齢者福祉機器寄贈支援

「孤立化するお年寄りのために」

支 援 国

パラオの社会文化省大臣より「国家財政事態が深刻なため同省の予算も限られており、必要なことでさえも賄いきれません。車イスとラジオの支援をお願いします」という支援要請が入りました。大臣自身、毎週病院を訪れ、介護の手伝いをしていますが、大きな総合病院でも車イスは全く足りず、患者の移動もままなりません。足腰が弱くなったお年寄りは外出することが減り孤立化してしまいます。交流する機会が減り認知症が進む恐れもあるということで、移動手段としての車イスと、ニュースなどの情報を聞くだけでなく認知症を予防する可能性があると言われているラジオがあれば、問題を解消することに繋がるとのことで支援することを決定しました。独立記念日にあわせて行った寄贈式には、多忙なスケジュールを調整し、現職の大統領にも参加していただきました。それだけ国にとって重要な支援だったのだと思います。

障害者施設支援

「当たり前の幸せを感じることができる」

支 援 国

仏教国では「前世で悪いことをしたから、その罪で現世では障害を持つ」などの酷い思想が残っています。「子供が障害を持った私たちのような家族は、政府にも見捨てられたと思っています。誰も救いの手を差し伸べてくれませんでした。子供はずっと家に閉じこもっていましたし、そんな子供を人前に出すのが恥ずかしいとも思っていました」 そのような子供たちを預かり、入浴や食事などの生活行動トレーニングや音楽や絵の練習、畑仕事などの自立トレーニングを行なう施設を支援しました。トレーニングを受けた子供たちは、ほとんど動かないせいで変形していた足も徐々に良くなり、絵を描き、歌を歌い、ダンスを踊るようになりました。適切な対応を受けることで、本人だけでなくその家族も当たり前の幸せを感じることができます。なにより、こんな子を産んでしまったと自分を責めていたお母さんたちに笑顔が戻りました。

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